お蔵入りしていたW杯小説を公開します2018-06-11

 今週の木曜日にはいよいよワールドカップ開幕。それに合わせて、ずっとオクラ入りしていた私のサッカー小説を、ブログに公開しようと思います。

 ワールドカップ小説「緑のレプリカ」

 なぜ、商業的な発表ではなくて、無料で私的な公開にするのか、この小説を書いた経緯とともにご説明いたします。
 この作品は4年前のブラジル・ワールドカップに合わせて、ブラジルの編集者から依頼されたものでした。ブラジルが優勝した5つの大会を、それぞれの大会が開かれた国の作家に、フィクションないしはノンフィクションの物語として書いてもらい、5冊本のシリーズとしてブラジルで刊行する、「Libros del Penta(5冠の書、かな)」という企画もの。
 ブラジルが優勝したのは、スェーデン、チリ、メキシコ、アメリカ、日韓の大会で、私は、日韓の大会の決勝が行われた日本の書き手、ということでお声がかかりました。そのブラジル人の編集者によると、日本の某大学のスペイン語科の学生か院生と接点があって、その人から推薦してもらったとのこと。その方には感謝しております。
 他の国の書き手も面白い面々で、邦訳も出ているラテンアメリカの小説家なんかもいて、私としては光栄かつやりがいのある仕事だとまずは思いました。
 しかし、相手はブラジルです。メキシコにせよ、こういう仕事が企画通りに進むのかは、とても怪しい。その編集者は、メールのやりとりやFacebook等で見る限り、いかがわしい人ではなさそうでしたが、そういうことは別にして、ラテンアメリカの仕事は一寸先は闇であり、日本の感覚で進めるとエライ目に遭うことは、経験的にも想像つきます。
 なので、私は、この話がポシャっても損はしないよう、労力をかけすぎないようにして、話を進めることにしました。
 まずは契約書の作成ですが、労力をかけないようにと思った先から、これがいちばんの難物でした。編集者とはスペイン語でやり取りをし、契約書もスペイン語でかわすことになったものの、そのような文書をスペイン語で扱う事など初めてなので、もう用語や言い回しがわかりません。大変な苦労をして、ようやくサインをしました。
 契約金の半額が最初のアドバンスとしてすぐに支払われ、残りの半額は出版予定のちょっと前に払い込まれることになっていました。私は最初の振込を確認してから、取り掛かりました。トータルしても日本円ではさしたるお金にはなりませんが、まあ出版されてくれれば、私としては十分でした。
 ページ数等から換算するに、日本語で原稿用紙換算約200枚を書けば、最低限、なんとかなる感じでした。労力をかけすぎない工夫として、次の2点を決めました。
 まず、2002年の日韓ワールドカップについては、自分のブログで詳細な観戦記録を書いていたので、これを活用すること。ブログを書いているサッカーフリークの作家を登場させ、ブログをそのまま転載するのです。
 もう1点は、トータルで約1ヶ月以内に完成させること。それ以上の時間はかけないこと。
 半分まで書いたところで、原稿を送りました。そして、残りの半分は、残りのギャランティーが振り込まれたら送る、と告げました。
 そこからは、私の悪い予想のままに進みます。支払い期日が迫ってきたころ、編集者から、出資してくれるところからの入金が小さなトラブルで遅れているので少し待ってくれ、というメールが、小刻みに連続するのです。私は一応、原稿はラフに仕上げてありましたが、もっと肉付けしたり、奥行きのある展開にしたり、細部を充実させることは、本当に本が出ることが確実になってからにしようと思っていました。しかし、ワールドカップの3ヶ月前の春の段階で、まだ財政状況が好転しないのでもう少し待ってくれないか、オノ・ヨーコの本が出版できたので状況が好転するかもしれない、というメールを最後に、連絡は途絶えました。2013年の春に最初にオファーをもらってから、約1年後のことでした。
 まあ、予想されていたことでしたし、ギャラの半分はもらいましたが、契約書って、国をまたいでしまうとほとんど意味をなさないな、ということを学びました。
 さて、ではこの作品をどうするか。すでに中途半端に報酬をもらった作品だし、労力を制限して書いたものなので、日本の媒体に持ち込むことはためらわれました。そうするのであれば、もっと完成度を上げなくてはならないけれど、すでに『呪文』という作品の執筆に取り掛かっていたので、そんな余裕もありません。そんなわけで、お蔵入りしたわけです。
 あれから4年が経ち、またワールドカップが巡ってきて、読み直したところ、なんだかお蔵入りはもったいない気がして、それなら個人的に公開しようと思うにいたりました。
 書かれている世界像は、最新の作品集『焔』に収録の「大角力世界共和国杯」と共通しています。2002年の日本でも、ワールドカップを通じてこんなことがあったかもしれない、と私が願う世界を作品にしました。いや、絶対にあったと思います。私としては珍しく全編リアリズムで、ブラジルの読者に日本の姿を伝えるために、啓蒙的なまでにわかりやすく書きました。
 登場人物のうち、日系ブラジル人の「キチ」が育った境遇については、一部、私の尊敬するフットサル日本代表のエース、森岡薫選手の自伝『生まれ変わる力』(北健一郎と共著、白夜書房)を参照しました。特に、日系ペルー人として十代で親とともに日本に来てから、不良少年時代に逮捕されて強制送還の危機に陥ったくだりです。もちろん、「キチ」の人物像は私の創作で、森岡選手とは関係ありません。森岡選手のこの自伝、私は何度も泣きましたが、労働力として外国人が急増している今の日本社会を考えるためにも、ぜひ皆さんに読んでほしい良書です。
 また、スペイン語通訳として、当時、メキシコ人を始め外国からの観戦客をアテンドしていた友人からも、いろいろエピソードを聞き、資料もいただきました。小説にも通訳が登場しますが、人物造形は私の創作です。むしろ、私の問題が投影されています。
 サッカー好きな人はもちろん、サッカーのことはよくわからない人でも読めるのではないかなと思います。楽しんでいただければ嬉しいです。


陣野俊史「泥海」を読む2018-05-02

 きわめてガチな小説が登場した。文芸批評家、陣野俊史さんの初小説「泥海」(「文藝」2018年夏号)である。すごい攻めている。日本文学で空白に近くなっている部分に、いきなり切り込んでいる。つまり、こういう文学は、今の日本ではほとんど存在していない。本当は存在すべきなのに。
 シャルリー・エブド事件を、さまざまな実際の証言をもとに、実行犯及び実行犯の周辺の人たちの目線から、描く。そして、それを受容している日本の30代の青年の姿も描く。
 日本の書き手が、シャルリー・エブド実行犯を一人称で書くのは、相当な勇気の要ることだが、そこはずっとフランスの移民、特に北アフリカからのイスラム系の移民たちの姿を、ヒップホップやサッカーを通して追い続けてきた陣野さんだから、踏み込むことができたのだろう。フランス語の原資料等を綿密に踏まえていると思われる。そして、日本の書き手がその主題を書く動機、必然性も、長崎の干潟に生まれ育った青年を描くことで、徹底的に示されている。ここがつながっていることの実感こそが、この小説の重要なところだ。私はとりわけそこに感銘を受け、共感した。
 陣野さんのど真ん中の仕事と言ってよい。フランスの移民たちのマイナー性、その被差別性、そしてその抵抗文化としてのヒップホップとサッカー、反逆、革命、二項対立の欺瞞。そして長崎の置かれている位置、長崎の表象と現実。
 事件の実行犯の兄弟と、かれら周辺にいて心情を共有している移民たちが、いかに世から定型的に決めつけられて見られているか、その微細な差異を、この語りは読み手に感じさせていく。「あちら側」からの目で虚心坦懐に見ないかぎり、どうしたって見えない、曖昧な領域の感情までが見えてくる。
 これは「テロリスト」として洗脳されていくイスラム原理主義の若者たちの物語、ではない。追い詰められて選択肢をじわじわと失っていった者が、それでも自分を失うまいともがく中で、矛盾した暴力的な選択肢を、迷いとともに選ぶほかなくなる物語だ。事件を起こした側、起こされた側のどちらかを断罪する物語でもない。しかし、この世のあり方を強烈に批判している。
 読み終わって、ああ、陣野さんはすでに半ば小説を書いていたんだな、と感じる。『テロルの伝説 桐山襲烈伝』という渾身の批評作品は、じつはもはや半分、小説だった。陣野さんの文を通して、桐山襲の言葉を響かせるのが、あの作品だった。あの批評を書くようにして、しかしもっと踏み出して、あの事件に関わった者たちの声を響かせ、日本の未来なき青年の声を響かせ、「泥海」はできたのではないかと思う。
 本気で、言葉だけをもってして、この社会と闘っている小説の誕生である。

ピクサーのアカデミー賞映画『リメンバー・ミー』は移民の物語だった2018-04-15

 メキシコの「死者の日」を題材にしたピクサーのアニメ『COCO(邦題は『リメンバー・ミー』)』のスペイン語版を、ようやく見た。ハマった。滂沱の涙。これは「死者の日」の物語の形を取っているけれど、じつは移民の物語だ。本当によくできている。メキシコ人やラテンアメリカの人の文化やメンタリティをよく捉えたうえで、その人たちの多くがどこかで経験するだろう、移民の別離と再会の感情を繊細にすくい上げている。
 ネタバレになるので、ストーリーは紹介しない。とにかく主人公の少年ミゲルは、ひょんなことから、死者の日に死者の国へ紛れ込んでしまうことになる。
 この死者の国と生者の国をつなぐのが、大きな淵にかかった橋。死者の日には、死者はこの橋を渡って、生者の国に行き、親しかった生者たちとの一夜限りの再会を楽しむ。といっても、生者には死者の姿は見えない。帰ってきているだろうな、と漠然と感じるだけ。
 この橋は、アメリカとメキシコの国境を暗示している。なぜなら、死者の国を出るときに、死者たちは「出入国管理局」めいたゲートを通過しなくてはならないから。そのゲートでは、死者は写真を取られ、データと照合され、生者の国で親族たちが確かにその死者を祭壇に祀って戻ってこられる準備がなされている、と確認できると、死者はゲートを通過して橋を渡れる。一方、死者の国に帰ってくるときは、生者の国からのお土産を渡せば済む。つまり、生者の国がアメリカで、死者の国がメキシコということになる。メキシコにいる者たちは、アメリカに親族がいて呼び寄せてくれないと、正規には入国できないのだ。
 そして、日本語版のタイトルともなっている主題歌、「リメンバー・ミー」。映画の核となる部分で歌われるのだが、これが英語版の歌詞と、スペイン語版の歌詞では微妙に表現が異なる。
 ガエル・ガルシア・ベルナルが吹き替えで歌う、スペイン語版の「Recuérdame(レクエルダメ、「エ」にアクセント)」は以下の通り。
「Recuérdame hoy me tengo que ir, mi amor
Recuérdame
No llores por favor
Te llevo en mi corazón y cerca me tendrás
A solas yo te cantaré
Soñando en regresar

Recuérdame, aunque tenga que emigrar
Recuérdame
Si mi guitarra oyes llorar
Ella con su triste canto te acompañará

Hasta que en mis brazos estés
Recuérdame」
 もう、歌詞を見ているだけで号泣しそうになる。
 この中に、「Recuérdame, aunque tenga que emigrar」という一節がある。「移民しなければならないとしても、ぼく(パパ)を忘れないで」というような意味。英語版では、「Though I have to travel far」となっていて、移民というニュアンスは弱められている。
 スペイン語の歌詞はもう、移民、出稼ぎに命がけで遠い異国に行く別離の歌という側面が濃厚なのだ。これをアメリカにいるメキシコ移民やラテンアメリカの移民たちが見たら、まさに自分たちの物語だと感じるだろうし、その心を歌う歌に感情を揺さぶられずにはいられないだろう。トランプ大統領への批判に満ちた今年のアカデミー賞で、この作品が長編アニメ賞を受賞したのも、作品のできのよさだけではなく、この政治的な側面の優しく根源的な表現によるものだろう。
 移民のことに関係が薄い人が見れば、それはそれで深く感銘を受けるドラマとして作られている。でも、移民という出来事に無関係でない人が見れば、まさにそのようなドラマがもう一つ立ち上がって、胸に迫ってくる。物語を幾重にも重ねて、でもシンプルに作るこの奥行きの深さに、私は感嘆した。物語作りの経験の深さと、政治性への感性の豊かさと、それを表現する優雅な手つき。書き手としては、とっても学ぶところも多かった。でもそれ以上に、受け手として、この物語に心の底から感銘を受けた。
 でもこの主題歌、「COMO」にちょっとメロディーが似てるよね。
 なお、私はこの作品を、パソコンでリージョンコードを変えて見ればいいと思い、メキシコのブルーレイディスクで入手したのだが、私のパソコンの再生機はDVDのみでブルーレイ対応ではなかった。がっかりして、ダメもとでテレビにつないであるブルーレイ対応のハードディスク録画機で再生したところ、なんと普通に見られるではないか。ブルーレイディスクについては、日本とメキシコは同じリージョンコード(リージョンA)だったのだ。8つのリージョンに分かれているDVDに対して、ブルーレイは3つのみ、しかもアメリカも日本やメキシコと同じなので、これらは日本の再生機で普通に見られるということのようだ。知らなかった。

岡村淳さん新作『リオ フクシマ2』レビュー2018-04-14

 岡村淳さんの新作『リオ フクシマ2』を見てきた。前作『リオ フクシマ』の続きであるが、前作を見ていなくても構わない。
 岡村さんによる紹介文は次の通り。
「西暦2012年にリオデジャネイロで開かれた環境をテーマとした地球サミットに並行して、世界中の市民団体が集うピープルズサミットが開催された。
岡村は、日本から福島原発事故の問題を訴えるという団体のサポートをしながら撮影をすることになった。
賛否両論、絶賛と黙殺の錯綜した前作『リオ フクシマ』公開から4年。
福島原発事故とは、なんだったのか?
そのおさらいと同時に、世界各地の人々との福島をめぐる熱いメッセージと議論の応酬をご紹介します。」
 岡村さんの集大成だと感じた。岡村さんがこれまで作品で追求してきたテーマが一覧の形になって顔を覗かせている。土地なし農民運動はやはり石丸さんを思い出すし、植物については橋本梧郎先生、ダムについてもこれから完結編が作られるだろう橋本梧郎と水底の滝シリーズ、環境問題についてはアマゾンの水俣病や、作中でも触れられるがユーカリによる砂漠化とそれを分析したインドの物理学者ヴァンダナ・シヴァさんの本を岡村さんが読み込んだ経験、カンデラリア教会前の児童たち虐殺事件の痕跡は『あもーる あもれいら』で描いた子どもの貧困問題、そして高校生とのやりとりは私の大好きな佳作『きみらのゆめに』のような未来そのものの感触。何よりも、コメントを求めたときのブラジルの人々の言葉の生きている感じ。自分で話している、自分の言葉で語っているという感触が濃厚にあふれてくる。
 私が印象的だった人物は、やはり高校生たち。『きみらのゆめに』でも印象的だったけれど、言葉が素直に出てくる。素朴とか正直というわけでなく、相手に下手なことを言ったらどうしようという緊張から解放されていて、自然に自分の言葉が出てきやすくなっている。この感じは、忖度社会の日本社会で生きる人たちには、なかなか体現できないだろうと思う。岡村さんが、ご自身の身に合ったスタイルを打ち立てて続けていることにも、この環境が力をくれた部分も大きいのだろうなと、今日、「優れたドキュメンタリーを見る会」の飯田さんへの言葉をお聞きしながら、感じた。自分が生きていることを肯定するのにためらわないというか。
 それから、福島へのメッセージを即興で歌い上げた、ブラジル東北部から来たという吟遊詩人。東北部の文化は私にはよくわからないが、セルタネージャとかの世界かな? ヒップホップは現代の吟遊詩人なのか、などと考えたりもした。
 そして、インドの科学者ヴァンダナ・シヴァさん。エネルギーがほとばしるような語りだった。
 本作の主役と言ってよい、NPOの代表である坂田さんを、岡村さんは最後にリオ近郊の森林公園にお連れする。森に入ったとたん、坂田さんの様子が一変する。魂に火が灯るかのような命の輝きを、放ち始める。あたりの草や葉を見聞する姿は、橋本先生かと見まごうほど。このシーンを用意してカメラに収めてしまう岡村さんの霊力に、何百回目かだけど、また仰天してしまった。この坂田さんの魅力が、さかのぼって坂田さんの言葉すべてを生きたものに戻した。ブラジルの人たちの言葉に拮抗する命を持った言葉なのだったと知ることになる。植物好きの私としては、あのシーンから受けた大きな感銘の正体とは、私自身の循環と再生にほかならないのだなと思った。
 岡村さんの撮影はいつでも、その場で一番力の弱いもの、下に置かれてしまうもの、に反応する。カメラはそれを見逃さずに収めてしまう。ひょっとしたら撮影している岡村さんでさえ、あとで見直して気づくようなこともあるかもしれない。
 この作品でも、人が行き交うピープルズサミットの会場で、岡村さんのカメラは細かくそれに反応し続ける。時には岡村さんご自身が、下に置かれた存在になることもある。
 なので、どんなに立派なことを語っていようが、岡村作品で偶像化される人は誰もいない。その言葉を語る高潔さと、時にはどうしようもない人になってしまう短所とが、常に相対化されながら、断罪されることなく描き出される。それが、語られるコメントを、血の通ったものにしているのだろう。
 これを見てしまった私は、ふらふらと国会前のデモに出向いた。そういう気持ちにさせる作品なのだ。のみならず、私はその参加者の一員でありながら、岡村さんのカメラにでもなったかのようなつもりで、そこに来ている人、デモの参加者もそのアンチの集会をしている人も、警備の警官も、ある等距離を持ちながら見続けていた。
『リオ フクシマ2』は、東京では5月3日に新小岩でのメイシネマ映画祭でも上映されるので、お見逃しなく。
 なお、岡村作品をほぼ初めて映画館で上映した(少なくとも私が岡村作品の映画館上映を見たのはここが初めて)、毎年この時期恒例の優れたドキュメンタリーを見る会による下高井戸シネマでの上映会は、今年で最後となるとのこと。残念だけれど、この約10年、これが私の大きな楽しみだった(また来年以降も場所を変えての可能性は続くとのことです)。最初に映画館での上映が決まった時の岡村さんの喜びようも印象的で、やはり映画少年だった人にはあの暗闇とスクリーンは何にもかえがたい愉楽をもたらす。毎年、岡村作品がここで見られて幸福でした。主催者の飯田さん、ありがとうございました。


大相撲の土俵女人禁制問題について2018-04-05

 昨日、巡業の土俵上で挨拶していた舞鶴市長が突然倒れ、駆け寄った女性たちが心臓マッサージなどを施している最中に、「女性の方は土俵から降りてください」とアナウンスがあった問題。ニュースを知り、その場の映像を見た時には私の頭も沸騰し、感情的な言葉を吐いてしまって落ち込んだが、その後の八角理事長のコメントを読んで、まずは納得した。コメントは次のようなもの(4月5日付スポーツ報知より)。
「本日、京都府舞鶴市で行われた巡業中、多々見良三・舞鶴市長が倒れられました。市長のご無事を心よりお祈り申し上げます。とっさの応急措置をしてくださった女性の方々に深く感謝申し上げます。応急措置のさなか、場内アナウンスを担当していた行司が『女性は土俵から降りてください』と複数回アナウンスを行いました。行司が動転して呼びかけたものでしたが、人命にかかわる状況には不適切な対応でした。深くお詫(わ)び申し上げます」。
 余計な言い訳をせずに対応が間違っていたことを認めたのだし、昨日の過ちに関しては、終わりにするべきだ。
 こういうことが起きるたびに、私はひどく消耗する。私もこの対応には怒りを覚えたが、それは長年、この件(本場所などの土俵上を女人禁制にしていること)に嫌な思いをし続け、苦しい思いを抱えてきたからだ。このことは後ほど展開する。
 昨日の事例は確かに批判されるべき出来事だが、いまの巷では、相撲界はいわば「非国民的」な非常識集団なのだからいくらでもバッシングしていい、という空気のもと、相撲をよくするとかその文化を現代に合ったものに変えていくといった観点など全く欠いたまま、ひたすら自分たちが溜飲を下げるための対象としてバッシングされ続けている。昨日の件への批判も、大半はそんな心根から発せられた、言い捨てのようなものだった。叩いていいという空気ができたらいくらでも叩いてよくてそうすれば正義の気分を持っていられて実際には憂さ晴らしの暴力でしかなくてもマジョリティの側からのバッシングだから罪悪感を抱かないでいられる、って、もう究極の理想的な全体主義でしょ。
 そんな反応の中には、「貴乃花親方はこういう協会の旧弊な体質を変えようとしていたのだ」というような意見もあって、あきれた。あの人ほど、戦前のような家父長制をベースとする復古主義的な相撲に戻そうとしている人はいないのであって、協会の誰よりも女人禁制主義者ですよ。世を教育勅語の世界に戻そうとする人を、改革派の英雄に祭り上げているメディアの姿勢は、橋下徹前大阪市長をヒーローに祭り上げたのと同じ姿勢であり、そのメカニズムやメンタルの精緻な分析は、松本創さんの名著『誰が『橋下徹』をつくったか』を読むとよーくわかる。貴乃花親方は、民主的な相撲協会を実現するうえで、最大の障壁なのだ。
 なので、バッシングではなくて、自分にとっての相撲を壊してほしくないという思いから、私は今回の事件について批判を述べたい。
 2007年から11年までに噴出した不祥事の後、相撲協会は明らかにそれまでの相撲協会から変わろうと、さまざまな努力はしていると思う。多々、認識の甘い点があるため、もっと徹底して変えなくてはならないものを変えられないでいたりして、その最大の事例が、相撲の現場における暴力容認、鉄拳制裁は必要悪、みたいな意識だろう。日馬富士の事例から垣間見えたのは、これは日馬富士の性格の問題ではなく、相撲界全体でまだ共有されている暴力文化の問題だな、ということだった。その後、細かく、暴力の問題が発覚しているのは、そういうことだろう。同時に、それが相撲界の中でも問題視されるようになったから、顕在化することも多くなったのだろう。その意味では、変わろうとする意識が形を伴いつつある証拠であり、いいことだと思う。
 ただ、顕在化するたびに、先に述べたような、たんなる苛烈な集団いじめでしかないメディアと世間からのバッシングにさらされる。そして事件の当事者が廃業に追い込まれていく。バッシングの欲望は、ターゲットの敗北を眺めて優越感に浸るのを目指しているから、そこまで追い込まないと気が済まない。
 私はここにはものすごい違和感がある。こういうあり方はおかしいし、あってはならないと思っている。
 これはあくまでも私の相撲観だが、相撲は社会的なセイフティーネットの役割をどこかに持ち合わせていると思う。家族や地域社会で支えきれない、端的に言えばはみ出し者たちを10代半ばから預かり、生活を含めた居場所としていく。かつての芸能の側面が強かった時代は、よりその色が濃かっただろう。今はだいぶその色は薄いけれど、関取や役付にはなれない力士や行司、呼び出し、床山たちの世界には、まだそういう要素が残っていると私は感じている。相撲部屋が疑似家族制なのは、未成年のはみ出し者を育てる場所としての家族環境、という意味合いもあっただろう。
 そこで重要なのは、失敗を許す環境である。指導の仕方は硬軟いろいろあるだろうが、失敗から学ばせて成長させていく場であることが、個々人の尊厳を作っていく。はみ出し者たちも多くいる集団だから、派手な失敗も多いだろうし、時には度を越すこともあろう。でもそこで相撲界から放逐するのでなく、学ばせていく。その機能が大相撲にはあると思うのだ。
 しかし、今のメディアと世の態度は、これと大きくかけ離れている。一度失敗をした者は、相撲界から追放しないと気が済まない。ここには、相撲界をよくする意思も、失敗した個人を学ばせて経験値を上げようという意思も、皆無だ。あるのは、人が落ちていくのを見て喜びを感じるという嗜虐性のみだ。
 もちろん、同じ過ちを繰り返し続けるとか、度を超しすぎた事件を起こすとか、その人の経験や立場など、勘案するべき事項はある。けれど、まだ若く経験の少ない者の過ちに関しては、学んで立ち直らせることに全力を注ぐべきだし、相撲界が蓄積させてきたその経験は活かすべきなのだ。それが社会的包括だと思う。
 その中で、では相撲界がどんな基準で、過ちを判断し、どの方向に導くのか、その点がいまは本当に問われるべきこととなっている。そして私の大きな不満と違和と苦しさもそこにある。
 鉄拳制裁の問題に関しては、徐々にではあるけれど、改善して行こうとしているので、見守りたい。
 けれど、差別の問題は手付かずだ。
 一つは、私がずっと書き続けてきて『のこった』という本にもした、外国人や民族、国籍差別の問題。館内で起こる差別的な声援に対し、今だに何の対応もなされていないし、モンゴル力士、特に白鵬をターゲットにしたメディアとネットの差別的攻撃に対しても、相撲協会は何も手を打ちもしなければ、声明を出したりもしない。それどころか、横審が差別を煽る言動をしても、それを受け入れている。親方になるために日本国籍が必要という、国籍差別の条項を見直す機運も、まったくない。
 そしてもう一つが、今回、顕在化した、性差別の文化の問題である。この記事によると、(「女人禁制の土俵、いまも賛否 「女性総理になったら、杯を誰が…」」朝日新聞with news)
「いまも女性は国技館の土俵には立てない。毎年夏に国技館で開かれる「わんぱく相撲全国大会」には、女子が地方予選で優勝しても出場できない。
 力士の断髪式でも、息子は土俵に上がって引退した父親のまげにハサミを入れられるが、娘は、それができない。土俵の下から花束を渡す子が多い。」
 横綱貴乃花のファンだった私は、貴乃花の引退以降、十余年にわたって相撲を見るのをやめていたが、その原因に、2000年に起きた太田房江・大阪知事(当時)を土俵に上げない問題があったことを、今回、思い出した。大阪場所で優勝力士への知事賞の表彰をしようとしたところ、相撲協会から、「女性は土俵に上がれない」として却下された事件である。
 身分制そのもののようなこの対応に私自身がやりきれない思いでいっぱいになったし、私の親しい女性の友人たちから、「そんな相撲をそれでも見るんだ?」という批判的な眼差しを浴びせられた。ただでさえ、貴乃花ファンであることに、自分でも分裂した苦しさを抱えていたのに(力士として心酔していることと、人間としてはどうしても受け入れられないという拒絶感と)、こんな時代錯誤の差別を押し通そうとされたら、もうこちらも耐えられない。その気分も、私を相撲から離れさせた大きな要因だった。
 そのことを忘れていたのは、近年は、女人禁制問題が顕在化していなかったからだ。私もつらくなるので、きっと、はっきりとは意識に上らせないようにしていたのだろう。けれど、相撲協会はこの件では何ら変更を告げていないので、女人禁制はそのままである。そしてそれは先に挙げた記事の例として、細部に現れている。
 今回、若い行司が観客の「土俵上に女性を上げていいのか」という強い声に混乱し、ついアナウンスをしてしまった背景には、大相撲界は今だに国技館の土俵を女人禁制にし続けていることがある、と私は思っている。そのように教えこまれて形作られた価値観のベースがあるから、慌てた時にそちらに触れてしまったのではないか。
 差別の行為をする人には、多くの場合、差別している意識はない。それが自然だと思っているから。しかし、された側は人間として否定されたような強烈な傷を受ける。
 大相撲の、土俵に女性を上げないというしきたりは、どんな経緯や歴史があろうが、現代では、性差別はしてよいというメッセージにしかならない。私は条件なしで、このしきたりは廃止すべきだと思っている。さもないと、相撲の文化が常に、属性で人を排除し傷つけ続けることになる。私はそういうことに加担していると思いながら相撲を見ることに耐えられない。相撲協会は、そういう人から相撲を奪わないでほしい。
 それが暴力になるような伝統はいくらでも変えればよい。伝統はそうやって変化しながら、時代を生き残るものなのだから。伝統の名で差別を温存するなら、それはネトウヨや差別を目的とした暴力主義者のやっていることと、なんら変わりはなくなる。こういうことを言うと、歌舞伎云々という話がすぐ出てくるが、歌舞伎界がどういう姿勢を取ろうが、相撲は相撲で、現代の人権の基準に則ったあり方にしてほしい。
 今回、問題が顕在化したのをいい契機として、国技館や本場所の土俵にも女性が上がれるよう、そろそろ変えるべきではないか、という議論をしてはどうだろうか。確実に相撲の信頼回復と人気につながるはずだ。