2012年5月5日(土)2012-05-05

 先日、芸能メディア向けに記者発表されたとおり、『俺俺』が映画化されます。三木聡監督、亀梨和也 主演、公開は来年の予定。記者発表に当たって、私が出したコメントは以下の通り。
「『俺俺』は「俺」が増殖する物語である。今も増殖中なので、とても私の小説だけでは収まりきらない。そのあふれた「俺」らが、今度は映画で描かれるという。どんな滑稽な悪夢が展開されるのか。あなたも私もすでに『俺俺』世界の住人なのだ、もう逃れられない。」
『俺俺』刊行時に、ツイッター上でそれぞれの読者のそれぞれの俺俺を増殖させて書いてもらうという企画を試みましたが、それが今度はプロの手によって映画上でなされるわけです。

2012年4月29日(日)2012-04-29

 起きている出来事に物語はない。ただ起きていることがあるだけだ。物語を付けるのは人間である。
 人間は、出来事に物語を付けずに受け取ることはできない。その物語は、個々人の内面とブレンドされて、幾通りも作られていく。人の数だけ、物語は存在する。
 表現をする者は、物語を排して、できるだけ、起きていることをナマで捉え、そのまま提示したいとあがく。それが不可能であることは承知のうえで、全身全霊であがく。
『あもーる あもれいら 第3部 サマークリスマスのかげで』は、起きていることをギリギリまでナマに近い形で捉えきった、奇跡のような作品である。舞台は、問題を抱えている親や家庭の子どもたちが預けられる保育園。困難な境遇であるほど、色づけされる物語は濃くなり、より悲劇の定型に近づいていく。だから、なおさら、ナマの形で提示するのは難しい。にもかかわらず、岡村淳さんは、ナマに限りなく近づいた。
 ビデオカメラの場合、加工・編集せずに提示すればナマに近づけるわけではない。むしろ、その作業がないと、ナマから遠ざかるばかりだ。いかにして、忍び寄る物語の影から逃れるか。プロとして、半世紀の人生を生きてきた者として、知恵と経験のすべてが投入される。
 この作品を見終わった直後の私の感想は、何も言葉にならなかった。ただただ、ナマの現実がそこで生起することに圧倒され、飲み込まれ、私は無力な存在だった。それについて考えたりコメントしたりする言葉など、出てこなかった。言葉で解釈など、したくなかった。でも脳内は嵐だった。泣くとか喚くとか笑うとかいった形でしか、その嵐は表せないと感じた。これは岡村さんの作品史上でも、私の見たドキュメンタリー映画の中でも、最高の作品だということは間違いなかった。2度目の上映を、それから一季節後に見て、ようやく言葉が動き出した。
 あもれいら保育園の1年を追った『あもーる あもれいら』シリーズ全3作は、曼荼羅である。ここには世界のすべてが描かれている。これが曼荼羅として完成できたのは、第3部によるところが大きい。なぜなら、1部と2部の世界を究極にまで相対化し、ほとんど虚無の淵すれすれにまで近づきながら、撮影している岡村さん自身がこの世界の住人として、相対化されることを拒んでいるからだ。
 冒頭から、私は打ちのめされ、興奮した。蟻たちがクローズアップで撮影される。岡村さんにとって蟻の撮影は、ドキュメンタリー作家としての原点の一つである。岡村さんのこの世に対するまなざしが、ここにすべて現れている。
 カメラはその蟻の背景として、こちらに駆け寄ってくる子ども二人を捉えている。その子どもたちが、蟻を撮している岡村さんに話しかける声が、間近に聞こえてくる。「何撮ってるの?」「蟻だよ」「蟻は刺すだろ?」「毒を刺すのもいれば噛むのいるね」「じゃあ、おじさんの映画には蟻しか出てこないんだ?」云々。この「蟻」を、「子ども」に置き換えても「人間」に置き換えても、意味は同じだ。
 次第にカメラは引き、子どもたちを撮す。そのうち一人は、第一部「イニシーエション」で活躍したカイオ君だ。お兄ちゃんに連れられて新しく入園してきたものの、毎日激しく泣いて帰りたがったカイオだ。
 同じ保育園の一年を追っているのだから、あたりまえだが、第3部でも、第1部第2部で登場した子たちが大勢現れる。その子たちの変化や身の上に降りかかる出来事が連続して描かれる。
 第3部は特に、やりきれない出来事がいくつも相次ぐ。その大きなものは、まず、この保育園育ちで今はもう15歳になったマリ=クレアの身の上だ。第2部(だったかな?)で、妊娠中の娘として登場するマリ=クレアは、無事に男の子ペドロを生み、さっそくアモレイラ保育園に預けに来る。ところが、ほどなくして、マリ=クレアは子どもを預けに来なくなる。心配した堂園シスターと岡村さんが、マリ=クレアを探して回る。
 ようやく探し出し、堂園シスターが事情を聞く。その内容を、岡村さんは詳しく描かない。にもかかわらず、堂園シスターの姿から、マリ=クレアの置かれている環境の想像を絶する過酷さが、十分すぎるほど伝わってくる。言葉にすればセンセーショナルかもしれない。だが、物語が欲望するそのような「派手さ」ではなく、マリ=クレアの孤独に閉じ籠もった心、そこに寄り添おうとする堂園シスター、マリ=クレアを追いつめている環境の質感、そういったものを大事に丁寧に岡村さんの映画は表そうとする。
 私はこの場面で号泣してしまった。この後で登場する、堂園シスターが再びマリ=クレアを訪ねるときの、マリ=クレアの喜びと信頼があふれ出てくる笑顔の場面でも、心揺さぶられてしまう。物語をつけているのは、見ている私のほうなのだ。
 次の大きな事件は、一番年少2歳児のマルキーニョ君の身の上に起こる出来事だ。岡村さんはこの事件も、多くを語らない。そっと、視界の端で、しかし心の中心で、事件を受けとめる。
 最後はケテリン。第1部を見た人は覚えているだろう、あの最後の場面で堂園シスターを怒らせ、放置され、ホールで一人意地を張りながら、凍りつくようなひと言を漏らす、女の子である。おそらく、あもれいらシリーズの中で、最も困難を抱えた問題児だろう。
 第3部でもケテリンのこまっしゃくれぶりは、初っぱなの「パンティ」のエピソードから炸裂しているが、映画後半ではふざけ回っているのがエスカレートし止まらなくなり、先生たちを怒らせ、放置される。そこで繰り出されるセリフ、仕草が、家庭の姿をそのまま伝えてきて、絶句する。飲み屋を営む若い母親は、家で売春もし、子どもに対しては半ばネグレクトだという。
 事件の翌日に堂園シスターがケテリンの家を訪ねる。そのときにケテリンの見せる表情は、疲れた中年女性のようだ。ケテリンは4歳だか5歳だかにして、すでに人生に疲れている。
 同じような表情を一瞬見せる子が、アリーニだ。園が終わっても、母親がなかなか迎えに来ず、雨の中一人待つアリーニの苛立った顔には、やはり人生に疲れた中年のような表情が浮かぶ。普段は目立ちたがりで天然のアリーニが、分別くさい顔で、撮影している岡村さんに、「おじさん、濡れるから入らないと」と語りかける場面では、見ている私が語りかけられ、自分がアリーニよりずっと幼い子どものような気がした。このアリーニは、第2部「勝つ子負ける子」で、負けて大泣きする子として、私の記憶に深く刻まれている。
 こうして連なる大きな出来事はどれもあまりに重いものばかりなのだが、それをつないでいく日常の子どもたちの姿は、爆発的にエネルギッシュで、ラテンの陽気に満ちていて、爆笑の連続である。見ているほうも、笑い続け、ときに号泣し、ときに重さに打ちのめされ、感情のポテンシャルをすべて前回にすることを求められる。それが心地よい。
 私の大好きな場面は、卒園していく年長の子どもたち一人ひとりに、「将来なりたいもの」を岡村さんが尋ねていくところである。同じような場面が、岡村さんの短篇「きみらのゆめに」でも登場する。そちらは、15歳の子たちに将来を尋ねていくのだが、あもれいらと双璧をなす、歓びに満ちたシーンだ。
 そこで子どもたちは、思い思いの言葉を口にする。ところが、一人が自分の希望を訂正し、他の子の言った希望を真似して、自分もそれになると言ったとたん、「俺も」「私も」といっせいに大勢がその希望に鞍替えし始めるのである。
 同じような現象が、飴をもらう場面でも見られる。火付け役はあのケテリン。もらった飴を、いちご味に替えてもらい、それを自慢して、他の子に「いちごに替えてもらえば」と言ったとたん、ほぼ全員が「いちごに替えて」と殺到する。
 抱腹絶倒の場面なのだが、ここでは二つのことがわかる。
 一つは子どもはいかに環境の影響を受けやすく、周囲を真似することでいろいろなことを学んで成長していくのか、ということである。その白紙さがまばゆいほどだ。
 もう一つは、誰かが周りに同調し始め、その量が臨界を越えると、同調の雪崩現象が起こる、その仕組みだ。この現象は、今私たちが生きている日本の社会で非常によく見られる。つまり、環境の影響を受けやすく、周りを真似してしまうのは、子どもだけではないということだ。子どもがやっていると可笑しいが、大人がするとおぞましい。
 子どもは影響を受け、真似ていることを、あけすけに見せてしまう。だから、子どもの背後に、大人の社会が濃厚に浮かび上がってくる。「あもれいら」シリーズは、子どもだけを描きながら、今の大人の社会を、直接描く以上に明確に表す。だから曼荼羅なのだ。
 この作品は、岡村さんの付ける字幕も素晴らしい。子どものたちのポルトガル語を、そのエッセンスを損なわない日本語に置き換え、私たちの喜怒哀楽を引き出してくれる。岡村さんの「言語力」にも魅せられるドキュメンタリーだ。

2011年7月20日(水)2011-07-20

 女子サッカー日本代表、その団結力、とてつもない諦めなさがどこから来るのかを考えると、最初に思い浮かぶのは、アルモドバル監督の『オール・アバウト・マイ・マザー』だ。あの団結力は、『オール・アバウト・マイ・マザー』を核をなす、「女たちの絆」に最も近い。映画の女たちは、互いが困っている・弱っているときにこそ、共感し助け合う。そこには利害感情がない。だからとてつもなく強い。
 それは、名誉の意識がつなぐ男同士の絆とは、そもそもの出自が違う。女にもともと備わっているという本質的な要素ではなく、「女」として生きてきた環境によって持つにいたった要素であることを、『オール・アバウト・マイ・マザー』は示している。日本の女子サッカー選手の絆と不屈さも、存在が無視されていることを前提として生きる者たち同士の、絆と不屈に私には見える。私の日常で言えば、つきあいのある出版社の女性編集者たちにも、同じようなものを感じる。だから、彼女たちは一般に、男の社員よりも不屈だ。一般的には男の社員が最後には、「会社の方針なんで」と会社の価値観に自分を寄り添わせることを選択してしまうところを、彼女たちはできるところぎりぎりまで戦い続ける。
 映画で言えば、溝口健二の『赤線地帯』なんかにもそれがある。そして、今、メキシコからそのような映画の秀作が登場した。23日からシネマート新宿で公開される『グッド・ハーブ』だ。
 世の中の流れから少し外れて生きている母娘とその息子の物語。母ララはメキシコにアステカの時代から伝わる薬草の研究者。主人公である娘ダリアは、幼い息子を育てるシングルマザー。母ララが認知症を患うなか、娘ダリアはそれまで知らなかった母の歴史と向き合っていく。それは、自分自身と向き合う過程でもあった。
 大きな物語が進展するわけではない。とても静かに、ゆったり、時間は流れる。ときおり映し出される植物の数々が、そのゆったりしたリズムの通奏低音を奏でる。その時間の中で、女たちがさまざまな会話を繰り広げる。
 この静かな時間の、何と心地よいこと。日々、重苦しい何かに圧迫されている現在の私には、心底、ひと息つける時間だった。
 最も美しいシーンのひとつが、ダリアが高齢の友だちであるブランキータ(この女優が素晴らしい!)の家の屋上で、仲間の女性も交えて3人でマリファナを吸いながら、おしゃべりの愉楽に浸りつつ、洗濯物を干す場面だ。『オール・アバウト・マイ・マザー』の、マヌエラ、ウマ・ロホ、ロサ、アグラードがおしゃべりを久広げる名場面を思い起こさせる。
 マリファナと書いたが、ここで登場する薬草は、近代社会では麻薬の類とされるものも含まれる。それらは、メキシコの先住民文化では、世界秩序のひとつだったのだから。
 この作品には、マリア・サビーナというおばあさんが何度も引き合いに出され、最後には映像が映る。幻覚キノコを扱う、実在した先住民の女呪術師である。欧米では、1960年代にこの人の存在がドキュメンタリーとなったことで、麻薬文化に火がつき、ヒッピームーブメントの原動力となった。ダリアはいわばヒッピームーブメント2世である。
 私は、1992年にメキシコ留学中、オアハカという先住民文化の濃い土地に旅行したとき、たまたま知りあったアルフォンスというオランダ人から、マリア・サビーナのことを教えられた。そのドキュメンタリーである本を示され、これは素晴らしい本だから日本語に翻訳してみないか、と言われて読んだのだ。(当時のメキシコにはこういうオランダ人やドイツ人がゴロゴロしていて、いまだヒッピー文化のまっただ中にあった)。そして、幻覚キノコの儀式への仕様は厳密なカレンダーと掟によって決められていて、それを守らないとまったく儀式としての効果がないことが語られていた。
 だからこの映画の醸し出す雰囲気が、懐かしい。大学にもヒッピー文化は色濃く残っていた。1990年代のメキシコはこんな感じだったよなあ、と思う。ある意味で、『アモーレス・ペロス』などような「男の子」映画よりも、メキシコっぽさを伝えていると思う。
 監督はマリア・ノバロという女性。女性の生き方を、妥協なく落ち着いた視線で描く。私が住んでいた1991年には『ダンソン』という映画が高い評価を受けていた。私も何度か見て、深い感銘を受けた。主人公の女性(確かシングルマザーだったような)が、昔流行ったキューバの「ダンソン」というゆったりしたダンスを手がかりに、親の過去へと向き合うもの。と、書くと、『グッド・ハーブ』と似ている。
 マリア・ノバロの映画がようやく日本で公開されて、本当に感激である。
 映画のサイトはこちら。何であれ、疲れている人は、「グッド・ハーブ」を摂取してみると、落ち着くだろう。

2011年5月7日(土)2011-05-07

 ブラジル在住の記録映像作家、岡村淳さんの新作『南回帰行』。この作品を見る前日、私はツイッターに「神が降りるかも」と書いたが、神は降りた。文字どおり、神は神であることを降りた。現人神が神であることをやめ、本来の情熱に身を任せ、取り憑かれたように粘菌や植物の採集と分類に没頭したら、そこには橋本梧郎先生がいた。
「橋本梧郎と水底の滝 第1部」と副題がつくように、この作品は、ブラジル移民一世にして在野の植物学者の巨人である橋本梧郎先生のドキュメンタリーである。岡村さんのライフワークともいえる橋本梧郎シリーズは、これが4本目にしておそらく最後であろう。というのも、橋本先生は2008年に95歳で他界されているからである。その直前まで撮り続けていたのが、本作なのだ。
 第2作では90歳間近で激しい風の土地パタゴニアをめぐり、3作目では最後の秘境であるギアナ高地のテーブルマウンテンを訪れ、と、決死の冒険を岡村さんたちと続けた橋本梧郎先生は、本作で最後の旅に出る。内陸の、かつてすんでいた土地を訪ねるという、前二作とは比べものにもならない小さな旅でしかない今回の行程は、心臓手術で一命をとりとめたあとの橋本先生には、前二作以上の冒険であった。
 私にとってこの作品のクライマックスは、二つ存在した。
 ひとつは、私が冒頭の段落で描いた姿である。この作品には、「天皇」の主題がベース音のように響き続ける。ブラジルに渡ってほどないころ、まだ若き橋本先生は宮内庁からの要請で、昭和天皇のためにブラジルの粘菌を採取して贈ったことがあった。そのときのエピソードをうかがいながら、岡村さんは、橋本先生の天皇観に切り込んでいく。同じ博物学者として、同時代人として、そこから身を引きはがそうとした皇民化教育を受けた人間として、昭和天皇への複雑な思いが、元来、口の重い橋本先生からかつてないほど率直に語られていく。戦争を嫌悪し、日本が戦争へ突入する前にブラジルへ移民した橋本先生は、「戦争」や「日本人」がもたらす利害から身を引き、植物の世界に入り込んだ。岡村さんはその姿を、天皇ではなかったかもしれない昭和天皇の姿、ありえたかもしれないもう一つの日本の歴史として、描き出す。二つに分かれた粘菌の変形体が、また一つになって子実体を形成しているかのような、不思議な感覚にとらわれる、橋本先生と岡村さんの対話の時間だった。
 もうひとつのクライマックスは、橋本先生のおつれあいであるユキさんである。これまでの作品ではあまり映し出されることのなかった橋本先生の日常生活の姿が、今度の作品では前面でとらえられる。病み上がりである94歳の橋本先生の生活が、85歳のユキさんに支えてられているさまが、容赦なく描かれる。カメラの目線が次第にユキさんに同化するまでに。
 ユキさんが友だちとのゲートボールに興じる場面。気むずかしい橋本先生から開放される時間にあって、映画を見る私の目からしてもユキさんは生き生きとしている。
 そして、ゲートボール後に、淡い光の日陰で同年代の女友だちたちと3人並んで石段に腰掛け、おしゃべりをしながらおせんべいを食べるシーンの、何と美しいこと! 岡村作品史上で最も美しいシーンといっても過言ではないほどの名場面だ。ユキさんは、日ごろの橋本先生の難しさについて、淡々と愚痴る。それにユーモラスに同情しながら、おせんべいを堪能するオバたち。中上健次の路地で、若い女やオバたちが交わした挨拶の言葉、「イネ、つらいね」と声を掛け合うさまが、まず私の想像空間に浮かび上がった。さらに、小津安二郎の「小早川家の秋」で、喪服姿の原節子と司葉子が川べりに並んでしゃがみ、会話を交わす場面、アルモドバルの『オール・アバウト・マイ・マザー』で、女たちがアパートでおしゃべりに興じる場面。それらの、楽ではない人生の小さなひだまりに、その楽でなさを無心に共有し合える者同士だけが手にすることのできる、かけがえのない幸福のひとときが、それを撮る岡村さんの共感のごく控えめな表明とともに、カメラに収められているのだ。
 この場面を境に、観客の反応が変わったのを私は感じた。見ている者たちがこの作品に心を開いたのを、感じた。幸福は伝染し、以後、橋本先生の偏屈をあしらうユキさん、それを楽しむ岡村さんのナレーションのたびに、この人たちをいとおしむような笑いが葉ずれの音のように起こり続けた。岡村作品で、これほど笑いが絶えない作品も初めての経験だった。人間の複雑さ、感情の奥行きの豊かさをとらえる岡村さんの手つきは、ここまで繊細で自然なあり方へと到達した。
 旅の途中で第一部は終わる。だが、この作品はこれで完成だとも言える。あるいは、終わることがないのが岡村作品だとも言える。7月には、横浜の特筆すべき映画館「ジャック&ベティ」で再映されるという、何と「グラウベル・ローシャ特集」の一環として! 映画館の深い闇と柔らかい音でこの作品と出会える機会を、逃してはならない。