白鵬の通算勝ち星新記録達成と日本国籍取得の意向について2017-07-22

 通算勝ち星1048勝という偉大な記録の価値と重みは、優勝回数以上に、本人にしかわからない。最も密接に、日常の稽古と結びついた記録だから。
 初土俵から97場所。1048を単純に97で割ると、10.8。毎場所、10勝以上あげてきた計算になる。幕下までは7番相撲だから、関取での勝率は11勝以上になるだろう。毎場所平均11勝している力士と思うと、そのすごさに震えが来る。大関昇進の目安が3場所で33勝だから、白鵬は毎場所、大関になれるんだよ!
 白鵬はこの記録を達成する朝、「この時代の相撲ファンで良かったと思ってもらえる1日にしたい」とメディアに語っている。この時代の相撲ファンで本当に良かったです!! 私はわずか3年の白鵬ファンだけど、貴乃花ファンだけで終わらなくて良かった。あのころのような関わり方はできないけれど、今はあのころにはできなかった相撲との関わり方ができていている。
 NHKが粋な計らいだったのは、藤井康生アナウンサーをこの日のテレビの実況担当にしたことだ。藤井アナはすでにNHKで定年を迎えているが、何しろ相撲アナウンサー界の歴史において、白鵬クラスの名横綱と言ってよい存在なのだ。その相撲界への無尽の貢献、白鵬を入門時から見てきた伴奏者として、この日を実況するのに藤井さんほどふさわしい方はいない。
 じつは魁皇の1047勝に並ぶかもしれなかった11日目にも、藤井さんは実況を担当した。けれど白鵬は御嶽海に負けてしまったので、1日置いてまた13日目の単独トップの記録となる日に、再び実況を担当したのである。3日で2回とは異例だが、何としても藤井さんにこの記録の日を捧げたかったのだろう。「ただ独りの頂」、忘れません。
 しかも、解説は北の富士さんという、黄金コンビ。あと何回これが聞けるのかと思うと、感傷的になるほど、深いところで気心の通じたこの二人の掛け合いは、私の相撲心に染み入る。向正面の舞の海さんというのも定番だが、藤井さんは、白鵬の大記録に水を差しかねない不快な発言をするであろう舞の海さんを見事にコントロールして、被害を最小限に食い止めた。この手綱さばきも、相変わらず見事だった。
 御嶽海戦では、これまで見たことのないほど緊張で動きのおかしな白鵬が、無駄のある動き(外掛け)で負けた。この記録がどれほどの重みなのか、あの時に私はほんの少し感じることができた。
 いわゆる横綱相撲で記録を達成しようとして失敗して、白鵬はそんな体面をかなぐり捨てたのかもしれない。翌12日目の玉鷲戦は、なりふり構わず気迫をむき出しにした。肘でのかち上げ、張り手。玉鷲を面食らわせて隙を作らせるために何でもした。
 13日目の高安戦も同じだった。右に少しずれて立って高安のかち上げをかわすと、高安に攻める隙を与えずに、強烈な右おっつけと左ノド輪で押していく。高安が本来取るような相撲を、高安にしかける。高安のほうが緊張したのか、白鵬の迫力に気圧されたのか、館内の雰囲気に呑まれたのか、動きが固かった。何をしていいのかわからないかのようだった。一瞬見合う場面があったが、ここでも先に動いたのは白鵬。右のおっつけ一本で高安の体がめくり上がり、突き落とされた。高安は、白鵬の「気」で転がされたようなものだ。
 横綱のこの迫力は、そう滅多に見られるものではない。それがこの2日間、炸裂した。道なき岸壁に道をつけてただ独り進んでいくというのは、そういうことだ。岩を吹き飛ばして道を作るためは、白鵬とてもあらゆるエネルギーを総動員せねばならないのだ。本当にすごいものを見た。
 14日目の解説で、元旭富士の伊勢ケ浜親方が、若い時は強引に右の差し手をねじ込んで勝てたが、弱点でもあった、それだけで勝てない今は、その強みに加えて、相手の相撲に合わせてものすごく考え抜き研究し尽くした手で臨んで来るから、隙がない。前より強くなっていると言える、と指摘していた。
 まさに! 私も貴乃花の相撲に心酔していた身としては、横綱相撲へのこだわりはあった。けれど、最近の白鵬を見ていて、白鵬は「横綱相撲」のその先へ行っているのかもしれないと思うようになった。横綱としての在位はあと3場所で北の湖の記録を抜く。それだけの長い期間横綱をほとんど休まずに勤めている力士は、歴史上、誰もいないのだ。横綱として、未知の領域を行く白鵬の相撲は、これまでの通念では測れない。私が最近思う横綱の真髄は、「負けないことの圧倒的な強さ」だ。

 その白鵬が、引退後に相撲協会に残って親方となるために、日本国籍取得を考えていることが、報道された。モンゴル国籍からの離脱は難しいとずっと口にし、相撲協会の国籍条項の見直しを暗に求めてきた白鵬が、このタイミングでその意向を解禁したことに、私はショックを受けてしまった。国籍の件で蓮舫が攻撃され、蓮舫がそれに屈して戸籍の情報を一部開示するかのような真似をしたことがあっただけに、このタイミングはつらすぎる。白鵬がそんな決断をしなければならない相撲協会のあり方と、社会の常識に、心の底から失望した。少し前に「大角力共和国杯」という短篇小説で、国籍条項が撤廃され世界競技化した大相撲を描いた身としては、忸怩たる思いだ。
 なぜメディアは誰もこの差別性を問題視しないのだろう、と苛立っていたら、今日7月22日付の東京中日新聞の特報面で、この問題を真正面から取り上げていた。さすが、東京中日新聞!
 その中で、このような指摘がある。
「スポーツ関係の法律に詳しい小倉秀夫弁護士は、相撲協会の規定は「労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取り扱いをしてはならない」と定めた労働基準法第三条に抵触する可能性があると指摘する。」
「伝統が、差別的取扱いをしていいという理由にはならない。相撲協会だけ特別扱いをするという理由は何もない。何の合理性があって続けているのか」
 また、中島隆信慶應大学教授は、「究極的には国民がこの制度をどう考えるか、ということ。公益財団法人に移行した相撲協会は、国民と常に対話を続ける必要がある」と言う。
 でも私が感じるのは、今の大相撲ブームに乗って、相撲協会はその閉鎖性、利権意識を改める気持ちなど、つゆほどもないということ。さもなければ、国技館内で「モンゴルに帰れ」という差別ヤジが飛んだことを放置したりはしないはずだ。
 今の相撲協会は、白鵬が協会員となって乗り込んでくることを恐れているかもしれない。白鵬が親方となって、やがて相撲協会の幹部となれば、その卓越したリーダーシップと人望とで、相撲協会や相撲界のこの閉鎖性、差別性を変えてくれるだろう。友綱親方も鳴戸親方も錦島親方もいるし、これから外国人の親方はもっと増えるだろうし、こんな不快で時代錯誤きわまりない差別的な国籍条項など、撤廃してくれるだろう。

コメント

トラックバック